2つの旅立ちの物語
昨日、ついに彼氏さんを県外に送り出した。
旅立ちの準備期間、送り出す私としてもできる限りのことはやれたと思う。
日常的なことを言うと、ばぁちゃんが自閉症スペクトラムの息子に関わることを負担に感じて、これまで頼ってきた児童館・習い事の送迎などが頼めなくなった。息子は児童館では宿題ができない。ばぁちゃんにも面倒を頼めないので、毎日のたくさんの宿題も私が見る。残業ありきでなければ達成できない営業課題を、今後も達成し続けることは難しい。
小学校でも、私は先生と息子の間で板挟みだ。先生は息子にとても手を焼いているようだ。3か月に1回とはいえ発達障害の専門院に通っているのだけれど、頻度が少ないせいか、更に別のところでのカウンセリングを進められた。
人生で初めて出会えた、心の支えになってくれていた人が遠く離れていき、私の肩にのしかかってくる責任は増すばかりだ。
車内で一人になった時、涙がとめどなく溢れてきた。通勤の車の中でしか、私には泣けるところがないのかもしれない。
どんな責任もどんな代わり映えのない日常も、あなたが傍にいてくれたらそれだけで幸せだったのに。
昨日、ついに彼氏さんを県外に送り出した。
その二日ほど前、私は彼氏さんにも同居のばぁちゃんにも告げず、こっそりと今の職場に退職を申し出た。
子供を一人抱えたシングルマザーが、こんなに安定した職場を離れるなんて狂っているように見えるかもしれない。
だが私は正常だ。電子を失って安定性を失った原子は、そのままの状態でいることができない。
ただ生き延びるために、見せかけの安定にしがみついて耐え続けることはできない。
戻ってこい、彼氏さんと出会う前の、強い私。
彼氏さんが生きるために負っているリスクに比べれば、私が負おうとしているリスクなど些細なものだ。
ただ漫然と、未来にすがって生き延びるためではなく、今を生きるために私ももう一度リスクを負ってやろうじゃないか。
見ていたまえ、我が息子。
『我慢して我慢してただ生き延びる方法』ではなくて、『君が君として生きる方法』を母さんが身をもって教えてあげよう。もちろん、君を生き延びさせる、という絶対条件を守りながら、だ。
人には生まれつき、見えない翼が生えていて、どこにだって飛んでいけるし、なんだってできる。
問題はその翼の存在を信じられるかどうかだけだ。
いつかまた交わることを祈りながら、今はそれぞれの今を生きよう。
私の旅立ちの時も、近い。